重大事故発生の背後にあるものとは

このページではバスの重大事故の発生について、バス会社の経営状況や運転手の勤務など内部からの目で見たものをお伝えします。
高速バスの重大事故としてまずはじめに思い浮かぶのは、2012年4月29日群馬県藤岡市岡之郷の関越自動車道上り線藤岡ジャンクション付近で都市間ツアーバスが防音壁に衝突し、乗客7人が死亡、乗客乗員39人が重軽傷を負ったいわゆる「関越自動車道高速バス居眠り運転事故」です。
また、2014年3月3日には富山県小矢部(おやべ)市の北陸自動車道上り線の小矢部川サービスエリア(SA)の駐車場内で、宮城交通(仙台市)の仙台発金沢行きの夜行バスが停車中のトラックに衝突。2人が死亡。24人が重軽傷を負う事故が発生しています。

前者の事故ではバスの運転手が中国残留孤児の子弟で日本国籍を取得したばかり。日本語はほとんどしゃべれず、事故後に逮捕され警察からの取調べに通訳が必要だったといいます。
こんな状態で大型2種の免許が取れるのかははなはだ疑問です。実地試験は何とかなっても学科試験はあやふやな日本語では合格はかなり難しいでしょう。
本当に免許を持っていたのかさえ疑いたくなります。また、勤務形態に関しても人手不足を補うための日雇いだったということです。
被害者の皆さんはこんな運転手がハンドルを握っていると知っていたらこのバスに乗っていたでしょうか?
後者の事故では運転手は睡眠時無呼吸症候群の検査では要経過観察。事故歴、病歴はなし。交代要員の運転手も同乗しており、勤務状況に問題はないと会社は説明しました。
その後、11日間の連続勤務であったことが発覚しましたがこれも問題ではないと説明されました。
これらのバスの重大事故の原因と責任は運転手だけのものとされて正しいのでしょうか。このページでは現場の人間として、これらの事故の真の原因を追究していきます。

規制緩和によるバス運転手への影響とは

こういった重大事故の原因にはバス事業者の経営実態と法制度が大きく関係しています。まずは関越自動車道高速バス居眠り運転事故について。
この事故が起きた当時は「都市間ツアーバス」または「高速ツアーバス」というものがありました。これは2000年のバス事業者に対する規制緩和によって運行が開始されました。
これは現在の高速バスのように認可を受けた路線バスとは異なり、旅行企画として旅行会社が運営していました。
このため、道路交通法による規定の範囲外だったためゆるい基準の下での運行でした。
また、旅行会社が下請けのバス会社に対して強い支配権を持っていて、値引きの強要などが多くありバス会社はこれに答えるため法令違反などをせざるを得ない状況でした。
路線の急増により競争が激しくなったこともこの状況と運転手不足に拍車をかけました。
こういったことが運転手の過労、居眠りを引き起こしたことは容易に察しがつきます。
また、この規制緩和によって需給調整という規制が撤廃されました。
需給調整とは人口規模などにより算出した交通機関への需要を基に、交通事業者の新規参入を規制するなどして供給量を調整していたものです。
これの撤廃によってバスのみならず、タクシー等でも供給過多となり競争が激しくなりました。
需給調整中は地域ごとに一部の事業者が独占状態だとの批判がありました。この批判や、競争による業界の活性化を求めたことにより規制が緩和されました。
しかし、規制緩和によっておきた競争が交通事業者から安定と余裕を奪う形となりました。
人件費削減のため運転手一人当たりの勤務時間が増え、収入も休みも減りました。
安全対策費まで削減すべきコストとして扱うようになりました。
客の利便性向上のための規制緩和のはずが客を危険にさらす結果となりました。
関越自動車道高速バス居眠り運転事故をきっかけに2013年7月に制度が改正され、都市間ツアーバスは運行が禁止されました。
現行の制度では高速バスは全て路線バスとしての認可を受けており、厳しい基準の元で運行しています。
しかしこの制度改正でもその後に起こる北陸自動車道での高速バス事故を防げませんでした。

このページのまとめ

法規制だけでは事故は防げません。むしろ危険が増すばかりだと思います。
規制が強まるほど交通事業者の経営を圧迫し、現場へのしわ寄せが多くなります。
運転手に無理をさせて重大事故の引き金となります。
また、もうひとつの大きな事故原因として「厳しい世間の目」を指摘します。バスではありませんが「JR福知山線脱線事故」を例としたいと思います。
この事故は平成17年4月25日JR西日本エリア内でおきた107人もの犠牲者を出した事故です。
事故が起きた当時JR西日本では電車が1分遅れるごとに苦情が100件と言われるほどの過密ダイヤで定時運行への要求がとても強い状況でした。
このため電車の遅れには運転手に強いペナルティが課せられていました。
遅れを取り戻すための速度超過は日常茶飯事となっていました。こうした状況下で脱線事故が起きたのです。
この状況を作ったのは世間の目ではないでしょうか。たくさんの苦情ではないでしょうか。安全を犠牲にしてでも急がなくてはならなかったのは利用客の要求ではなかったのでしょうか。
現在私が勤務中受ける苦情は大半が遅れに対するものです。赤信号で止まっても早く走れと罵声を浴びます。
利便性を求め、安さを求めて過度な要求ばかりをし続けた客と世間に追い詰められた交通事業者によって重大事故は引き起こされる。「厳しい世間の目」の責任を追及します。
以上、高速バスの重大事故についてお伝えしました。